福井移民の歴史六十五年
先駆者苦闘の跡を綴った記録


  大正二年三月五日午後六時、ブラジル行第五回移民船・初の福井移民九家族三十三人を便乗させた第二雲海丸は、神戸桟橋を静かに離れ、福井県対伯移住の歴史的な

一ページが開かれた。航海中にはさまざまな悲喜劇があったが、一九一三年五月七日午前九時半、無事サントス港に入り、福井移民としては初めてブラジルの土を踏んだ。

  後につづく同年十月帝国丸で渡伯の七家族二十五人、翌大正三年五月帝国丸で渡伯した十一家族三十五人、合わせて二十七家族九十三人は、試験的誘入された日本移

民の枠内にあって、厳密に言えば、第一次大戦以前に渡伯したそれらの人々たちを“初期”移民と言うべきであろう。“コーヒー国”に魅せられてきた先駆者たちは、それぞれ珈

琲耕地に配耕されたが、言葉に表せない辛苦に耐え、あるものは脱耕して最下層の労働に甘んじながらも、“明日の夢”に希望を託してブラジルにとけ込んでいった。

  さらに大正六年に日本移民の復活後から、大正十四年に至る日本移民誘入順調期の大正年代に渡伯した人々は、昭和年代になってから日本移民誘入黄金時代の、何ん

らかの拠りどころができてから移住した人たちと、真の意味での大正移民とでは事情が違っているのである。風俗・習慣・気候・食物・労働条件の異なる土地に第一歩を印した

大正移民!、福井移民・・・七十二家族・・・二百五十三人の苦労は、下船と同時に始まるが、殆んどがモジアナ線ファゼンダに配耕され、耕地での血と涙の苦闘は筆舌に尽くしが

たい。現地を実際に調査もしないで、日本国内で移民を集めて送り込むという、移民会社の無謀に近いやり方は、多くの移民を泣かせた。移民側でも“出稼ぎ”が目的であったた

め、理想と現実の溝の深さに打ちのめされた。これが大正移民の姿であった。-------
日本でブラジル移民が募集された時、応募した人たちは、断然勇気があった人たちか、

本当に生活に困っていた人、あるいは野心満々とした冒険心を持っていた人々であろう。大正年代に、一攫千金の夢を追って、柳行李と信玄袋かついで、この地球の裏側へやっ

て来た、出稼ぎ移民、みんな金を貯めて帰る、というのが夢であった。その頃の珈琲耕地コロノ生活というものが、また生優しいものでなかった。帝政時代の奴隷使役の遺風濃厚

で、旧い珈琲耕地などには専横暴慢な支配人、監督以下、馭車用の鞭を携えた所謂・・カパンガ・・耕地用心棒が、コロノの逃亡を警戒しつつ昼夜横行していたものである。コロ

ノは粗食に甘んじ、妊婦までも動員して、その労働は完全に夜から夜に及んで、辛うじて勘定尻を合わせているものが多かった。それを思いこれを思えば、「楽土」という言葉も

再吟味さるべきではなかろうか・・・・。ブラジルを謳歌するものは、先ず斯く今日あらしめた先駆移民の苦心を偲び、幾多の尊き犠牲者の墓標に深甚感謝すべきであろう。

歴史のひと駒“二十年”

  
  日本移民は最初コーヒー園の労働者として配耕された。そして契約を終えてのち、各地に“生活”を求めて分散していった。開拓の苦しみ、錦衣帰郷の“夢”を経て、いつの間

にやらブラジルに定着をみた。咲いたり枯れたりした移民の“二十年”は、歴史の一と駒であるが、一応メドがつく二十年、ここでは日本移民四半世紀の一九三三年を目標とし

て、辿りついた途のあとを回想してみよう。

  福井移民で言えば、大正二年、大正三年に移ってきた初期移民の二十七家族・・九十三人の歩んだほど厳しい人生の道はない。言語の障害、慣れない気候風土、これらの

問題に対して、何ら助言者を持たず、独自で対処せねばならなかった。この先駆福井移民のうちには、他の後継移民と比較して、独立自営を標的のおいた、いわゆる“成功者”

というのが非常に多い。この存在はブラジル渡航希望者に安心感を与え、また新移民時代の不安な移民生活に一縷の光明と希望を与えるに充分であった。後継福井移民の大

半が一度はこれら珈琲園を訪れているのを見ても、よくこの間の同郷移民の心情が窺えるのである。

  二十年の歳月が流れた。有為転変・・・この間ユメ破れて帰国した者、夭折した人、行方不明になったという人を数えながら、残った人たちで安定を得た二十五家族をあげる。

。。。大正二年五月・・・雲海丸組。。。

建本 健介 ノロエステ 125域 珈琲園
建本 七蔵 ノロエステ  75域  珈琲園
建本 春正 ノロエステ  30域  珈琲園
井上 栄蔵  ノロエステ  28域 珈琲園
山村与三吉 パウリスタ  15域 珈琲園
斉藤市太夫 ソロカバナ  28域 珈琲園
山本マリア ジュキア 100域 製  炭

。。。大正二年十月・・・帝国丸組。。。

杉本 仙吉 ノロエステ 85域 珈琲園
盛清又三郎 ノロエステ 15域 珈琲園
松永  正 ノロエステ   珈琲請負
山口 新助 ジュキア 75域 珈琲園
西川忠兵衛 ジュキア 15域 バナナ
山奇 藤吉 聖市郊外 7域 菜  園

 。。。大正三年五月・・・帝国丸組。。。

谷口 見松 ドラデンセ 62域 珈琲園
奥    豊 ドラデンセ 8域 珈琲園
奥    広 ドラデンセ 借地2 綿  作
中田吉之助 ノロエステ 30域 珈琲園
今西敬太郎 ノロエステ 30域 珈琲園
伊咲 義雄 ノロエステ 15域 珈琲園
河瀬権之丞 ノロエステ 10域 珈琲園
宮崎 政治 ノロエステ   珈琲請負
稲葉 熊吉 ノロエステ   大  工
宮崎松次郎 ソロカバナ   珈琲請負
山場多三郎 聖市郊外 4.5域 菜  園
吉田  栄 聖市郊外 借地2 菜  園

   

根を張った大正移民

 
  いわゆる大正移民の、六年・・七家族 七年・・四家族 八年・・八家族 九年・・二家族
十年・・一家族と この五年間に渡伯した二十二家族・・七十八人は、数奇にただよう中に

あってよく頑張り通した。これら移民のたどった道ほど、人間の持つ不思議な運命というものについて考えさせれれる。十数年後の一九三三年、その半数は独立自営に移り得

たが、大半は移民の限度を超えれずにいた。

。。。大正六年組。。。

松永 敏夫 ソロカバナ   雑貨商
笹島 達雄 ソロカバナ 12域 珈琲園
為沢与三五郎 ソロカバナ 借地6 綿  作
上坂 愛治 ソロカバナ 10域 綿  作
山田 利助 ソロカバナ 借地3 綿  作
松永 英行 サンパウロ   周旋業

。。。大正七年組。。。

倉内 政猪 パウリスタ 15域 綿  作
佐々木文四郎 ソロカバナ 15域 珈琲園
倉内猪之助 ソロカバナ  4域 綿  作
杉田次太郎 ジュキア 10域 珈琲園

。。。大正八年組。。。

佐々木五作 ノロエステ 15域 珈琲園
岩永与三松 パウリスタ 15域 珈琲園
高橋 岩松 聖市郊外 借地3 薯  作
堀田 仁作 聖市郊外 借地2 薯  作
西野仁八郎 サンパウロ   菓子商

。。。大正九・十年組。。。

音部藤太郎 聖市郊外 借地1 菜 園
音部乙次郎 セントラル 借地1 菜 園
石川  貢 ジュキア 20域 米 作

  つづく大正移民、十一年・・三家族 十二年・・五家族 十三年・・十家族 十四年・・六 家族 この四年間に二十四家族・・八十三人は、耕地の移動はげしく、直ちに独立農へ

 走る者が多かった。環境の異なるこの国の植民生活に、現在では推し測る事の出来な い隔差の時世を、よくこそ大地に根をおろし、忍耐と不屈の精神による旺盛な開拓の道

 に捧げ尽くした。日本移民の最盛期の一九三三年、この時代は渡伯して十年余りであ る。その実態は・・・・・・・・


 。。。大正十一年組。。。

加藤常次郎 セントラル 6域 菜 園
中川  茂 ソロカバナ   珈琲請負
田川 義隆 ソロカバナ   ブラ拓職員

。。。大正十二年組。。。

佐迫 辰蔵 ノロエステ   珈琲請負
明河忠太郎 ミナス 借地10 米 作
明河 恒平 ミナス 借地2 米 作
白津 保示 ミナス 借地3 米 作

。。。大正十三年組。。。

山岸安之助 ノロエステ   珈琲請負
島田 仁師 パウリスタ 10域 珈琲園
島田 三郎 パウリスタ 10域 珈琲園
小林 平志 ソロカバナ 20域 綿 作
藤田 魁介 ソロカバナ   雑貨商
加納  清 ソロカバナ 借地4 綿 作
杉田 政信 ジュキア 9域 珈琲園
桑原孫太夫 聖市郊外 借地2 菜 園
青柳 三郎 サンパウロ   飲食店

。。。大正十四年組。。。

入江新左ェ門 モジアナ 43域 植 林
入江 重昌 アララクアラ 珈琲請負
高柴四郎吉 ノロエステ 6域 棉 作
片山  実 ノロエステ 珈琲請負
武長 清次 聖市郊外 借地2 薯 作

 

人材輩出の昭和二年組

  
 昭和の移民から人選が厳格にたった。農民を主体とした屈強な青年家族が移住して きたので、日本移民の真価が認められるようになった。諒闇明けの昭和二年、不安と

希望を胸に抱きながら渡伯した福井移民は、十七家族・・五十九人であった。この昭和
二年組から多くの人材が輩出した。各分野で推進力となって、後代の指導育成を促進

するなど、偉大なる足跡を残している。昭和二年組は数年にして日本移民二十五周年 を迎えているが、この短年月で独立自営に到達した人が多い。

  。。。昭和二年組。。。

吉田惣太郎 ノロエステ 10域 珈琲園
近田 謙二 ノロエステ 10域 珈琲園
松阪 賢二 ノロエステ 10域 珈琲園
田中 仙松 ノロエステ 15域 珈琲園
野崎豊次郎 ノロエステ 10域 珈琲園
橋本 清八 ノロエステ 50域 珈琲園
松宮 竜助 ノロエステ  8域 珈琲園
吉田 武雄 ノロエステ 10域 珈琲園
城本  清 ノロエステ   日会書記
城本  司 ソロカバナ 借地6 綿 作
高岡 繁藤 ソロカバナ 借地5 綿 作
牛若 清助 セントラル  3域 トマト作

 

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