2005年5月〜6月
日本の旅 
皆川 雄

↓ 水郷潮来のあやめまつり


万博の感想。

 ↓ リニモ。レールの無い電車です。静かで大変乗り心地は良いのですが、全自動とゆうのが気に入りません。全自動、エレトロニクスと言ってますが、それに慣れてしまった人間がこの前の107人の死者を出した電車事故の時みたいに、いざ人間性が必要になった時人間として十分働けない人が多く、あげく 自動停車装置が無かったとか、何でもかんでも機械のせいにして、人が機械を使うのではなくて、機械に使われている様です。

↓ これはトヨタ館に入る為に待っている人達の列。

我々も三時間半待って漸く入れました。見物は三十分そこそこでした。

↓ トヨタ館の中は写真撮影禁止なので

       館を出て直ぐに展示された物で撮影が出来た。


↓ 
万華鏡
 
これはちょっとした映画館みたいな大きさの天井いっぱいに万華鏡が写されて、床は大きな鏡になってます。上を見るのは首が痛くなって出来ないので、皆んな、床に写ったものを見たり写真に撮ったりしてました。


↓ 偶の帰郷の感想をひとつ。

同級生と言っても小学校の同級生となると話が違います。数えで云えば八つ、満で六つと七つの時から中学校の三年まで九年間一緒に学んだ仲です。親兄弟爺さん婆さんとお互いの家族全部を知っている仲です。温泉に入り浴衣がけで座敷であの日本式の宴会をやる。何とも言いようの無い気分でした。


↓ 古里 会津は盆地で山に囲まれてます。磐梯山は有名ですが、飯豊山は我々にとっては霊山だったみたいです。終戦迄は兵隊検査前の少年が一週間ぐらい村の神社に籠もり水垢離をして身を清め飯豊山参りをしたのを微かに覚えてます。我々が学校に行くようになる頃からは、その習慣も無くなってしまいました。団子さし前後の鳥追いも無くなってしまいました。今の子供達は我々より大変優秀ですが、私達がやった色々な行事や遊びをしなくなった様で寂しい限りです。


↓ さらに懐かしの鶴が城跡へ行って、戦後暫らく競輪場だった跡に行って見ました。今はお城を造って昔の面影は在りませんが、過って市の財政を助けたとはいえ、競輪に因る悲惨な家庭を見ました。我々子供には良い反面教師となりました。


↓又 飯盛山の白虎隊士の墓参りも小学校一年生の時の遠足いらいでした。五十何年振りでした。

 ↓ 戸ノ口堰洞穴

↓ 道端で見たもの